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桂林月宵
唐招提寺御影堂 第2期障壁画

《桂林月宵 唐招提寺御影堂 第2期障壁画「梅の間」》1980(昭和55)年制作・東山魁夷 72歳/紙本・墨画 襖8面/唐招提寺

 

月夜の灕江

 最後の部屋は、月夜の灕江(りこう)の景である。立ち並ぶ両岸の奇峰の群れの配置によって、河が遠くへ遠くへと流れるように構図した。これは、いわゆる桂林の山水のイメージを描くもので、したがって、月もこの構図の中での適当な位置に配した。しかし、桂林から陽朔(ようさく)に到る間の、いろいろな場所の実景を参考にして構成したものである。黄山の動に対して、これは全く静寂の世界であり、むしろ夢幻の趣のある風景にしたい。

 中国大陸の南端に近い広州から、空路、桂林に向かう。桂林上空に近づくと、雲間から異様な姿の地形が見えて来る。筍が生えているように、大地から細く尖った山々が、一面に聳(そび)え立っている。
 桂林は、そのような奇峰の群れの中に位置し、世にも珍しく、また、風光明媚な町である。桂林は木犀(もくせい)のことで、町の中にこの木が多く、秋の初めに花が咲き、その頃は町中が木犀の香りに包まれると聞く。
 桂林から陽朔へと灕江を下る。この6時間の船旅は、天下の鬼観と呼ぶに相応しい雄大な風景の連続であった。川面に影を落とす榕樹の茂み、竹林、鄙びた村落、放牧の水牛、帆を掲げて遡ってくる船、流れのままに下る船。漁夫一人で操る小さな竹筏には、二羽の鶏と魚籠が見える。素朴な鵜飼の夜の情景を想像する………
 両岸に聳え立つ奇巌奇峰は、悠々と現れ、悠々と消えて行く、南画の空想の世界が、ここでは現実の風景となって現れる。いや、これは地上の人隅に、神がひそかに残しておいてくれた幻想の世界であるかもしれない。
東山魁夷自選画文集/水墨の魅力

東山魁夷主要作品