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山雲
唐招提寺御影堂 第1期障壁画

《山雲 唐招提寺御影堂 第1期障壁画》1975(昭和50)年制作・東山魁夷 67歳
紙本・彩色 襖八面/唐招提寺

 

立ち上る奥飛騨路の「山雲」

 私は以前から、日本の自然の持つ色彩の一方の面である幽玄な景趣を、大作に生かしたいと思っていた。今度の障壁画(唐招提寺)、特に上段の間の「山雲」は、ほとんど墨絵の色調で描いたものである。

 天生峠へと向かう。泉鏡花の『高野聖』の怪奇で幻想的な物語の舞台はこの峠であろうか。参道にさしかかる頃、雨が止んで谿から霧が舞い上がって来た。道は曲がりくねって峠へと登っている。谿を挟んで遠近の峰が瞬く間に現れ、消え去る。山肌を這い上がる雲烟による千変万化の姿と、近景の樹葉の濃淡の彩り、幽幻な景観に、私は思わず息を呑んだ。
 それは、御影堂の上段の間の構想として、私が過去に旅した山々での体験から、胸裡に描いていた風景を遥かに超える素晴らしい眺めであった。峠の至る所で殆んど忘我の状態で見つめていた私は、この風景を描けと誰かに命じられているのを感じた。私は平常、無心で風景を眺める時、相手の風景のほうから、私を描いてくれと囁きかけてくる場合に、スケッチブックを開くのだが、こんどの場合は、相手の風景が囁くというより虚空の何処からか、私にこの景観を描けと無言の声が伝わってくるのを感じた。『日本の美を求めて/講談社

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