花明り
《花明り》1968(昭和43)年制作・東山魁夷60歳
紙本・彩色 58.0cm×47.6cm
月と花だけの天地
花は紺青に暮れた東山を背景に、繚乱と咲き匂っている。この一株のしだれ桜に、京の春の豪華を聚(あつ)め尽くしたかのように。
枝々は数知れぬ淡紅の瓔珞(ようらく)を下げ、地上には一片の落花も無い。
山の頂が明るむ。月がわずかに覗き出る。丸い大きな月。静かに古代紫の空に浮かび上がる。
花はいま月を見上げる。
月も花を見る。
桜樹を巡る地上のすべて、ぼんぼりの灯り、篝火(かがりび)の焔、人々の雑踏、それらは跡かたもなく消え去って、月と花だけの天地となる。
これを巡り合わせというのだろうか。
これをいのちというのだろうか。
『京洛四季/新潮社』