秋思
《秋思》1988(昭和63)年制作・東山魁夷80歳
紙本・彩色 146.0cm×120.0cm/長野県立美術館・東山魁夷館 蔵
山の辺の道
昭和四十七年、私は唐招提寺の障壁画を描くに当たって、まず奈良と大和の社寺や風景を探訪することにしました。山の辺の道あたりもよく歩きました。
秋の爽やかな1日、奈良ホテルを出て古市を過ぎ、石上神社へと向かいました。神社の北側を流れる布留川沿いに少し歩いたところから杉の森を眺めました。白銀色に光る芒の穂が暗い背景に鮮やかに揺れていました。
ここから乙木、竹の内、萱生(かよう)と、山の辺の道は大和盆地を見下し、遠く、近くに古墳の丘を望みます。稲田の畦には一面に芒が靡き、緩やかな丘の上に柿や蜜柑が実っています。
私は遠い昔のことを偲び、熱い想いが静かに胸に迫るものを感じつつスケッチをしていました。
いつか制作をしようと思いながら、長い間、障壁画に没頭していましたので、なかなか実現しませんでしたが、十六年後の昭和六十三年の日展出品画として漸く制作することができました。
『東山魁夷館所蔵作品集Ⅰ/信濃新聞社』