残照

《残照》1947(昭和22)年制作・東山魁夷 39歳
紙本・彩色 151.5cm×212.0cm/東京国立近代美術館蔵
冬の山上にて
山並みは明暗の襞(ひだ)を重ねて、遥か遠くへ続いていた。冬枯れの山肌は、沈鬱な茶褐色の、それ自体は捉え難い色であるが、折からの夕陽に彩られて、明るい部分は淡紅色に、影は青紫色にと、明暗の微妙な階調を織りまぜて静かに深く息づいていた。その上には雲一つない夕空が、地表に近づくにつれて淡い明るさを溶かし込み、無限のひろがりを見せていた。人影の無い山頂の草原に腰をおろして、刻々に変わってゆく光と影の綾を私は見ていた。
人影のない山頂の草原に腰をおろして、刻々と変わってゆく光りと影の綾を私は見ていた。
この広潤な眺望、海原の波の起伏を見るように、心に響いてくる山と谷の重なり。つかの間の夕映えであるにせよ、休らいと救いを約束するかのような静かな空。谷間の夕影の中に、一筋の道が見える。独り山路を登って来て、次々に浮かんでは消えていった想念の帰着点に私は立っている。しかし、いま、私の心はいくつもの谷々を越えて、青霞む遠くの嶺へ、更に、その向こうの果てしない空へと誘われてゆく。すると、ここはまた、新たな出発点でもあるというのか。
冬の九十九谷を見渡す山の上に在って、天地のすべての存在は、無常の中を生きる宿命において強く結ばれていることを、その時、しみじみと感じた。
『風景との対話/新潮社』